東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6428号 判決 1963年12月26日
原告 柏熊恒
右訴訟代理人弁護士 岡部勇二
被告 国
右代表者法務大臣 賀屋興宣
右指定代理人、法務省訟務局局付検事 横地恒夫
ほか一名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者の申立)
第一、原告訴訟代理人は、次のような判決並びに仮執行の宣言を求めた。
一、被告は原告に対し金九、一九〇円及びこれに対する昭和三八年八月一七日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
第二、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
(当事者の主張)
第一、原告訴訟代理人は、請求原因として次のとおり述べた。
一、原告は、昭和三八年三月一一日、上告人を原告、被上告人を東京高等裁判所長官石田和外ほか一名とする同裁判所昭和三八年(ネオ)第九七号司法行政処分の取消変更等請求上告事件について、上告状に金一〇円の印紙を貼用してこれを同裁判所に提出したところ、同裁判所第五民事部裁判長判事小沢文雄は、同年四月一七日、原告に対し右上告状に訴訟用印紙不足分として訴状の二倍の印紙額である二〇〇円との差額一九〇円を貼用すべきことを命ずる旨の補正命令を発した。そこで原告は、同月二二日右補正命令に対し異議の申立てをしたところ、同裁判長は、同年五月二二日右異議の申立てを却下してさらに同一の補正命令を発したので、原告はやむなくこれに従い、上告状に一九〇円の印紙を追貼した。
二、しかしながら、右補正命令は違法である。すなわち、原告が右上告事件の第一審裁判所である東京地方裁判所がなした訴却下の訴訟判決に対し控訴を提起し、「原判決を取り消す。本訴を東京地方裁判所に差し戻す。」との訴訟判決を求めたところ、第二審の東京高等裁判所は控訴棄却の判決をしたので、原告はさらに第二審の判決を不服とし「原判決を取り消す。本訴を東京地方裁判所に差し戻す。」との訴訟判決を求めて上告したのが右上告事件であるが、そもそも、民事訴訟用印紙法の定める印紙額は、司法手数料であつて、裁判所が国民のために裁判という司法行為を行つてやるからこそ受益者負担の原則に従つて司法手数料を徴収するのである。司法手数料は財政法第三条の定める「国が国権に基づいて収納する課徴金」に該当し、受益者負担の原則に従うからこそ訴訟物の価額に従つて算定するのである。しかるに訴訟判決は、実体判決と異なり、国民の判決請求権に応ずる判決ではなく、実体判決をする前提に対する判決で、それは訴訟手続を整理するためのものに過ぎないから、訴訟判決に対する上告について、訴訟物の価額による訴状の印紙類の二倍の印紙を貼用せしめることは、受益者負担の原則上からいつても不可解であり、合理性がない。したがつて、本件のように訴訟判決に対し訴訟判決を求めて上告したような場合には、民事訴訟用印紙法第一〇条により、上告状に一〇円の印紙を貼用すれば足りると解すべきであるから、同法第五条により上告状に訴状の印紙額の二倍の額の印紙を貼用すべきであるとの解釈のもとになした、前記補正命令は、違法というべきである。
三、しかして、右補正命令は、国の公務員である小沢判事が、その職務を行うに当り、民事訴訟用印紙法の解釈につき研究を怠つたという重大な過失に基づく違法な処分というべきであるから、被告は右処分により原告がこうむつた次の損害を賠償すべき義務がある。
(イ)、上告状に追貼した印紙額金一九〇円
(ロ)、本訴を提起するため、原告が昭和三八年七月二〇日弁護士岡部勇二に対し負担した弁護士報酬の支払債務額金一〇、〇〇〇円
四、よつて、原告は被告に対し、右金一九〇円と、右金一〇、〇〇〇円のうち金九、〇〇〇円合計金九、一九〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三八年八月一七日より支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二、被告指定代理人は、請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。
一、請求原因第一項のうち、上告提起のあつた日が昭和三八年三月一一日であること東京高等裁判所第五民事部裁判長判事小沢文雄が、補正命令に対する原告の異議を却下し、さらに同一の補正命令をなしたとの点を除きその余は認める。
原告主張の異議申立は、訴訟法上の申立権に基づくものではなく、裁判所にその許否の裁判をする権限を認めた法規もない。そこで、同裁判所は右異議の申立に対して裁判をせず放置しておいたところ、右申立書の中に「もし原告の見解が容れられないならば、上告を却下されても困るから命ぜられた印紙を加貼する。」旨の記載があつたので、同裁判長は、原告にその意向を知らしめ、印紙を加貼する機会を与えるため直ちに上告状を却下せず、昭和三八年五月二二日前記補正命令の印紙の追貼期間を伸長する旨の命令を発したものである。したがつて、同裁判長が原告の異議申立を却下したことはなく、またさらに同一の補正命令を発したこともない。
同第二項のうち、本件上告が原告主張のような経過をもつて提起されたものであることは認めるがその余は争う。同第三、四項は争う。
二、本件補正命令には原告主張のような違法はない。すなわち、本件のごとく、第一審の訴訟判決に対する控訴を棄却した第二審の判決に対し訴訟判決を求めて上告したような場合においても、それが上告である以上、訴または上告によつて主張する利益のいかんにかかわらず、民事訴訟用印紙法第五条、第二条の定めるところにより、上告状に第一審の訴状に貼用すべき印紙額の二倍の額の印紙を貼用すべきことは明らかであり、その額は二〇〇円であるから、同裁判長が原告に対し、一九〇円の印紙を上告状に追貼すべきことを命じた本件補正命令は正当であつて、原告主張のような違法はない。
理由
一、原告が、東京高等裁判所昭和三八年(ネオ)第九七号司法行政処分の取消変更等請求上告事件について、上告を提起し、上告状に一〇円の印紙を貼用したところ、同裁判所第五民事部裁判長判事小沢文雄が、原告主張の日に、上告状に訴訟用印紙不足分として一九〇円の印紙を追貼すべき旨の補正命令を発したこと、原告が右補正命令後、上告状に一九〇円の印紙を追貼したこと、右上告の対象となつた第二審判決は、第一審の訴却下の訴訟判決に対する控訴を棄却した判決であつて、本案の訴訟物についてなにも判断しておらず、原告は右第二審の判決を取り消して、事件を第一審の東京地方裁判所に差し戻す旨の訴訟判決を求めて上告したものであることは、いずれも当事者間に争いがない。
原告は右補正命令に対し異議の申立てをしたところ、同裁判長は、同年五月二二日右異議の申立てを却下するとともに、さらに同一の補正命令を発したと主張するが、このような事実は認めることはできない。
二、そこで、右補正命令に原告主張のような違法があるかどうかについて判断するに、民事訴訟用の印紙は、民事訴訟につき、裁判所に対し、判断その他の行為をなすべきことを要求する者が納付すべき手数料であつて、一種の受益者負担の性質を有し、その貼用印紙額は、訴えその他の申立てによつて受ける当事者の利益を基礎として計算されるものであるが、上告状に貼用すべき印紙は、必ずしも国民の判決請求権に応ずる裁判所の実体判断に対する対価を意味するものではない。民事訴訟用印紙法は、第二条において、第一審の訴状に貼用すべき印紙の額を訴訟物の価額に応じて区別し、第五条において、第二条の基準に従い、上告状には第一審の訴状に貼用すべき印紙額の二倍の額の印紙を貼用すべきことを定めており、訴訟判決に対する上告と、実体判決に対する上告とを区別せず、前者につき貼用すべき印紙額を特に定めていない。したがつて、同法第五条は、本件のように第一審の訴訟判決に対する控訴を棄却した第二審の判決に対し、訴訟判決を求めて上告したような場合においても、それが上告である以上、上告状には訴状の印紙額の二倍の額の印紙を貼用すべきことを規定したものと解するのが相当である。そして、当事者としては、訴訟判決に対する上訴によつても、終局的には実体判決を求めているものにほかならないから、訴訟判決に対する上訴の場合も、その受ける利益は実体判決に対する上訴の場合と同じであるとみることができ、したがつて同様に訴訟物の価額を基準として印紙を貼用すべきものとしても合理性を欠くものということはできない。
しからば、本件上告状に貼用すべき印紙の額が二〇〇円であることは、同法第五条、第二条の規定により明らかであるから、上告状の貼用印紙額に一九〇円の不足があるものとして、同額の印紙の貼用を命じた本件補正命令は適法であり、原告主張のような違法はない。
三、以上のとおりであつて、原告の本訴請求はその余の判断をするまでもなく失当であることが明らかであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 位野木益雄 裁判官 桜林三郎 小笠原昭夫)